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HOME > 維新史跡めぐり > 維新史跡めぐり笑山寺
(1)長府毛利家菩提寺・笑山寺縁起
●毛利秀元入府後の元和年間(1615~1624)、長府亀の甲にあった廃寺の潮音院をこの地に移し、秀元の実母、妙寿殿松渓妙寿大姉の位牌を祀って妙寿寺としたことに始まり、その後安芸国洞雲寺の三庭和尚を招いて中興開山とし、承応元年(1652)秀元の父、穂田元清の霊位を移し、法名の洞雲寺笑山常快にちなみ笑山寺と号した。曹洞宗。長府毛利家の菩提寺として2代光広(みつひろ)、7代師就(もろたか)を祀る。境内に市文化財指定(昭和50年2月27日)の十三重石塔(鎌倉後期)がある。
(2)商(日本マッチ王)の滝川弁三彰功碑
●嘉永4年(1851)長府藩士滝川家に生まれ、集童場に学ぶ。北越戦争に兄六郎と共に報国隊の一員として出陣。兄は戦死。維新後、実業界に身を転じ、神戸においてマッチの製造に着手、日本のマッチ王となる。神戸商業会議所会頭・貴族院議員も務め、滝川中学(現高校)も創設。大正14年没。享年75歳。